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「男が居ない。」
俺は呟いた。
「後で合流するつもりだな。」
アラシが言う
奥さんは左に進み、階段を降りた。右手にスマホを持ち耳にあて、誰かと電話しているようだ。
俺たちのは、慎重に、バレないように距離をとり、見失わないように後をつけた。
階段を降りるとキャバクラの呼び込みが声をかけてきた。
それを無視し、奥さんの背中を追った。
「アラシさん、尾行する時って、相手の後頭部を見ちゃダメなんですよ。相手の足元を見るんですって。」
俺はどこかで聞きかじった話しをした。
「なんで?」
「後頭部だと、相手が急に振り返ったときに目があうんですよ。 でも、足元だと視線が逸れてて、バレにくいんですって。」
でもそれは顔バレしてない人が尾行する場合であって、今回のような状況には当てはまらないということにその時は気づいてなかった。
「へぇ~、初めて知ったよ。」
アラシは納得し、さっそく試すようだ。
第19回、疑惑ー5
「それにしても、似てたんですよね。もう今更ですけど…。」
一体どこに消えたのだろうか。
「やっぱ他人のそら似なんじゃ無いの?普通タバコ吸わないでしょ、男と歩いているの見られたんなら。」
俺も同じようなことを考えていた。
「あっ、また。」
今度は奥さんが改札から出てきた。
「えっ。なんなの?」
アラシもとまどっているようだ。
「わかんないです。追っかけましょう。」
そうして俺たちの尾行は再開された。
さっきと同じ方向に進み、喫煙所の前を通り過ぎ、さっき男が座っていた花壇の前も通り過ぎた。
男はもうそこには居ない。
第19回、疑惑ー4
リュウジと言うのは、もともとは、先輩の知り合いで近所に住んでるってこともあり、何度か顔を合わせるうちに、先輩抜きでも時々飲みに行くような仲になった友人だ。
もちろん奥さんとも、何度となく顔を合わせたことがある。
だが、ハッキリと顔を覚えてなくて、うろ覚えなのだ。
「あれ?さっき顔かくして歩いてたのに、喫煙所でタバコ吸ってますよ」
「えー?やっぱ違うんじゃないの?ハヤオに見つかったと思ったんならすぐにその場から離れるんじゃない?」
「ですよねー、でも凄い似てるんですよ。」
「あっ、奥さんがいない。」
そんな話しをしていたらいつの間にかタバコを吸っていた奥さんがいなくなっていた。
「えっ、男は?」
アラシが慌ててきく。
「います。」
「何だったんだ?居なくなったんならしょうが無い。キオスクの前に戻るか」
「う~ん、そうですね。」
俺は不本意ではあるが、キオスクの前でナンパに備えた。
第19回、疑惑ー3
「あれ?
アラシさん、あれリュウジの奥さんじゃない?」
俺は驚きと同時に慌てて奥さんを指差し、アラシに確認を求めた。
「ん?あれ?うーん?
解んないなぁ。
おれリュウジの奥さんって、あんまりハッキリ見たこと無いんだよね」
アラシは俺の指差す方向に
目をやり、おちついて答えた。
「いや、俺も確証は無いんだけど…。」
世の中には似てる人ってのは居るもんだ。俺も何度か会ったことはあるがハッキリ顔を覚えていない。
気のせいかも知れない?
そう思った。
一瞬奥さんらしき人がこちらを見た気がした。
次の瞬間、奥さんらしき人は今まで顔を上げて歩いていたのに、急にうつむき、手で顔を隠すように前髪を直しながら歩いた。
「えっ!?」
その不自然な仕草に俺の疑惑は確信へと変わった。
「歩きながら、急に前髪直す?これ絶対本人でしょ?
ちょっとつけてみましょう。」
「おう、面白くなってきたな」
アラシは二つ返事で了承した。
2人が行った方向に俺たちも進んだ。
ばれないように尾行しようと思っていたのだが、奥さんは西口出口すぐ横の喫煙所で優雅にタバコを吸っていた。
男は、というと奥さんとは少し離れた所。
花壇の縁石に腰を下ろしスマホをいじっている。
第19回、疑惑ー2
ここには、スカウトマンらしき若い兄ちゃんが4人ほどいて、ジットリとした瞳で改札から出てくる女性を選別している。
ひと度お眼鏡にかなうと、すぐさま声をかけに行くのだ。
まわりに人が居ようが居まいが関係ない。
躊躇なく声をかけれる姿勢は見習うべきところだ。
今度は西口に移動した。
東口よりも広いデッキになっている。
ここは居酒屋の呼び込みの兄ちゃんがたくさん立っていた。
端には喫煙所があり、サラリーマンやら、派手な女やらが皆、一様に口から白い煙を吐き出している。
そのまま真っ直ぐ進むと行き止まりで、そこは時々イベントをやるスペースのようだ。
呼び込みの兄ちゃんの視線が気になり、こえもかけれず、またKIOSKの前に戻った。
しばらく ぼーっと突っ立っていると、東口方向から西口方向に向かって一組のカップルが俺の視界を捉えた。
手はつないでいないが、楽しそうに話しながら歩いている。
第18回、酔っぱらいにご注意ー6
彼女は駅から、大通りに向かう道を歩いていた。
この大通りは、蔵前橋通りと言われ
千葉方面から真っ直ぐ蔵前の方に延びている道路だ。
「友達が迎えに来てくれるって言うんで、蔵前橋通りで待ってようと思って。」
「あぁ、そっか、良い友達だね」
「そうなんですよ~。」
「じゃあ、俺と話してるとまずいよね?」
「大丈夫ですよ、もう少し時間かかるって連絡来たから」
笑顔で答える彼女。
俺は今までにない手応えを感じた。
「ん?あれ?友達って、もしかして男?つーか彼氏?」
ふと去年の花火大会で たすけて~ と言ってた女を思い出した。
「違いますよ、女の子」
蔵前橋通りの交差点の信号を渡り、吉野家の前で待つことにした。
しばらくたわいの無い話をしていると、急に女性のスマホが鳴った。
「うん、うん、違うよ、知らない人」
彼女は迎えに来た友達と話しているらしい。
白い車が目の前に止まる。
俺の方を一切見ること無く助手席のドアを開けて乗り込む。
運転していたのは男だった。
「うわー、まずいなぁ。」
基本的に揉め事は起こしたくないので、誤魔化そうと車に背を向け、吉野家の看板を眺めた。
車は何事も無く走りだした。
アラシの元に戻りことの顛末を語った。
「なんなのその女?」
アラシは俺の話を聞いて憤慨した。
「多分、暇だったんじゃないっすか?迎えが来るまでの間の暇つぶしですよ。」
「にしても、彼氏が迎えにくるなら言えよな!」
「ホントっすよ!!」
そして俺たちは家に帰った。